廊下でよみがえった匂いの記憶、タイ。

2019年4月20日土曜日

回想

t f B! P L

よく分からないタイトルだと思われそうだけど、
さっき起きたことをそのまま記したらこうなった。

夜、ゴミを捨てるためにマンションの部屋を出ると
東南アジアのむっとした気温と
外からの排気ガスの匂いが廊下に充満していた。
普段、特に、匂いを気にすることもないので
風向きだったのかもしれない。

何気ないことかもしれないけど
私にとって、懐かしく特別に思えた。
それは、10年前住んでいたアパートと同じ匂いがしたから。

21の私は、二度目のタイ生活を送っていた。
なぜかというと、高校の1年では満足にタイ語が上達しなかったことへの悔しさ
そして日本の大学で学問を深めるうちにタイのナショナリズムに関心を寄せ
タイ近代史を勉強したい(タイ人がどのような教育を受けるのか知りたい)と思い
リベンジの気持ちと、新しいことへの挑戦を胸に再びこの地へ来たのだった。

当時、お金がなかった私はタイ人の友達と共同生活をしていた。
大学まで歩いて10分かからない
キッチンなし、もちろん浴槽なしのワンルーム
大通りに面している建物だったので、常に車の騒音と排気ガスが気になるが
家賃は月に日本円にして12000円、1人6000円。

もちろん洗濯機はついていないので
大学の制服を2着買い、毎日手洗いをしてベランダに干していた。


タイでの生活は、常に必死だった。

前半はスパルタで有名な大学付属の語学コースに通っていた。
当時、日常会話程度なら話せたが、読み書きとなると全く別。
1日60個出てくる新出単語、1週間で約300個
この単語テストが翌週の月曜日にあり、
1カ月毎に行われる読み書き話しの進級テストでは容赦なく落とされる。

後半は大学を変え、聴講生として社会学部の歴史学科に通っていた。
最初のころは、講義中先生が話すスピードにも
学生同士の会話のスピードにも、全くついていけなかった。
王室用語・歴史用語ばかりが並ぶ文献に多くの時間を費やした。
外国語大学からの留学生の優秀さに圧倒されながら、
とにかく悔しくて、時には泣きながら勉強していた。

この時通っていた語学学校の先生がまたスパルタで
1対1の授業に泣きそうになりながら通っていました(笑)

若くて、やりたいことに突っ走っていた時の記憶。
あの頃に比べると、少し先を考えられる人間になったかな?という成長と
「あの時あそこまで頑張れたから何でもできるはず」という
自信のような、プライドのような、ものを感じさせてくれた。

脳の仕組み上、
嗅覚と記憶は密な関係にあることが科学的にも証明されているそうだけど
少し自信をなくしてしまっていた今、
一歩踏み出すを勇気を記憶からもらえたのは、偶然だったと思う。

なぜなら、普段、夫がごみ捨てにいくから。
今日たまたま不在で、私がやっただけだったから・・・

明日からまた笑って過ごせそうね。

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